四条頼基

偉人

基本情報

四条 頼基(しじょう よりもと、四条中務三郎左衛門尉頼基)は、鎌倉時代中期から後期にかけての武士。日蓮の有力檀越。官位が左衛門尉であったので左衛門尉の唐名である金吾と称され四条 金吾とも言われる。 承久3年(1221年)の承久の乱後、父・四条頼員の代から北条氏一族の名越朝時・光時父子に執事として仕え、名越氏が信濃国伊賀良荘の地頭となると代官として赴任した。 建長5年(1253年)から日蓮の説法に深く帰依し、文永8年(1271年)の龍ノ口法難では日蓮に殉死しようとした。日蓮の『開目抄』は佐渡島から鎌倉の頼基の許へ送られ、門下に広く示された。 晩年には甲斐国内船(現在の山梨県南巨摩郡南部町)の地を与えられ、同地に内船寺を、身延山内に端場坊を建立している。屋敷跡は収玄寺となっている。

名前四条頼基
よみしじょう よりもと
性別男性
生年1229年
没年1296年

血縁情報

ランキング

登場作品
21位/21位
1回
演者平均
147位/395位
45歳
寿命
35位/102位
67歳

出演情報

タイトル役者/年齢役名/出演回数
2001年室積光四条頼基
北条時宗当時45歳1回/全49回