偉人

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那須与一

なす の よいち(1169-1189)
登場回数:2作
別名:那須資隆

那須 与一(なす の よいち)は、平安時代末期の武将・御家人。系図上は那須氏二代当主と伝えられる。一般的に宗隆と紹介されることも多いが、家督を相続した後は資隆と名乗ったと伝えられる(この項目での呼称は「与一」で統一する)。
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内藤魯一

ないとう ろいち(1846-1911)
登場回数:1作

内藤 魯一(ないとう ろいち、弘化3年10月6日(1846年11月24日) - 明治44年(1911年)6月29日)は、幕末から明治にかけて活躍した自由民権家。衆議院議員(立憲政友会)。
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楠本高子

くすもと たかこ(1852-1938)
登場回数:1作

楠本 高子(くすもと たかこ、嘉永5年2月7日(1852年2月26日) - 昭和13年(1938年)7月18日)は、日本の女性。現在の長崎県長崎市出身。 フィリップ・フランツ・フォン・シーボルトの孫娘で、楠本イネの娘。結婚後の改姓により三瀬高子(みせ たかこ)、山脇高子(やまわき たかこ)、山脇たかとも呼ばれる。
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二条晴良

にじょう はるよし(1526-1579)
登場回数:1作

二条 晴良(にじょう はるよし/はれよし)は、戦国時代・安土桃山時代の公卿・藤氏長者。二条家第14代目当主。父は関白・二条尹房。母は九条尚経の長女・経子。後明珠院と号す。
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日根野弁治

ひねの べんじ(1815-1867)
登場回数:2作

日根野 弁治(ひねの べんじ、文化12年(1815年) - 慶応3年8月23日(1867年9月20日))は、幕末の土佐藩士、剣客。名は吉善。 土佐藩郷士・市川信好の四男(一説に次男)として生まれる。後に小栗流和術師匠役・日根野恵吉の養嗣子となる。 姓組2人扶持5石を賜り、剣術導役・屋敷弘敷役を歴任する。一方で高知城下築屋敷で道場を経営した。日根野家は武術師匠役を務める高級武家であるが、弁治自身が郷士の出身であったために、下士身分の門弟が多く集まった。坂本龍馬もその内の一人である。 墓所は高知県高知市奥福井。 なお、龍馬と関連する作品を演じた役者は、テレビドラマ『竜馬がゆく (1965年のテレビドラマ)』は芦田伸介、NHK総合テレビアニメ『お〜い!竜馬』は玄田哲章、NHK大河ドラマ『龍馬伝』では若松武史。
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入江惣兵衛

いりえ そうべえ(1823-1864)
登場回数:2作

入江 惣兵衛(いりえ そうべえ、文政6年(1823年) - 元治元年7月13日(1864年8月14日))は、江戸・幕末期の商人。京都三条小橋西の池田屋の主人で、池田屋惣兵衛の名で知られている。
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拝郷家嘉

はいごう いえよし(1549-1583)
登場回数:1作

拝郷 家嘉(はいごう いえよし)は、戦国時代から安土桃山時代にかけての武将。織田氏の家臣。名は久盈(ひさみつ)とも。加賀国大聖寺城主。
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畑俊六

はた しゅんろく(1879-1962)
登場回数:1作

畑 俊六(はた しゅんろく、1879年〈明治12年〉7月26日 - 1962年〈昭和37年〉5月10日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は元帥陸軍大将。偕行社会長。位階勲等は従二位勲一等功一級。陸海軍を通した全元帥の最後の生き残りであった(大元帥である昭和天皇を除く)。 兄・英太郎は陸軍省軍務局長や関東軍司令官を務めた陸軍大将、長男・俊八は陸軍技術大尉。
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伴助兼

とも の すけかね(?-?)
登場回数:1作

伴 助兼(とも の すけかね)は、平安時代後期の武士。後に資兼に改名。通称は伴次郎、設楽大夫。姓は朝臣。伴助高の子。三河設楽氏・富永氏の祖。位階は従五位下。八幡太郎義家郎党で一の勇士として知られる。
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盤具公母禮

いわぐ の もれ(?-802)
登場回数:1作
別名:母礼

盤具母禮(いわぐ の もれ、生年不詳 - 延暦21年8月13日(ユリウス暦802年9月17日))は、古代東北地方の人物。姓は公。大墓公阿弖利爲と同時期に蝦夷(えみし)の族長の1人であったとみられている。
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