偉人

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酒井忠恭

さかい ただずみ(1710-1772)
登場回数:1作

酒井 忠恭(さかい ただずみ)は、江戸時代中期の大名、老中首座。上野前橋藩第9代藩主。のち播磨姫路藩初代藩主。雅楽頭系酒井家14代。
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宗良親王

むねよししんのう(1311-1385)
登場回数:1作

宗良親王(むねよししんのう/むねながしんのう)は、鎌倉時代後期から南北朝時代にかけての皇族。後醍醐天皇の皇子。母は二条為子。一品中務卿。天台座主。南朝の征夷大将軍もしくは征東将軍。同母兄弟に尊良親王、異母兄弟に護良親王、懐良親王、義良親王(後村上天皇)など。信濃の宮、大草の宮、幸坂の宮(庇護者となった香坂氏に由来)と呼ばれた。法名は尊澄法親王。二条派の代表的歌人で、南朝歌壇の中心であり、准勅撰和歌集『新葉和歌集』の撰者となった他、私歌集に『李花集』がある。
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春原惣左衛門

すのはら そうざえもん(?-?)
登場回数:1作

春原 惣左衛門(すのはら そうざえもん)は、戦国時代の武将。海野氏、真田氏の家臣。
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勝海舟

かつ かいしゅう(1823-1899)
登場回数:10作
別名:勝麟太郎/勝安芳

勝 海舟(かつ かいしゅう、文政6年1月30日〈1823年3月12日〉- 明治32年〈1899年〉1月19日)は、日本の武士(幕臣)、政治家。位階は正二位、勲等は勲一等、爵位は伯爵。初代海軍卿。 山岡鉄舟、高橋泥舟とともに幕末の三舟と呼ばれる。
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小笠原長行

おがさわら ながみち(1822-1891)
登場回数:5作

小笠原 長行(おがさわら ながみち)は、江戸時代後期の肥前国唐津藩の世嗣(藩主とする資料もある)。江戸幕府の老中、外国事務総裁。
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小山田信有

おやまだ のぶあり(?-1565)
登場回数:1作
別名:鶴千代丸/弥三郎

小山田 信有(おやまだ のぶあり、? - 永禄8年8月20日(1565年9月14日)?)は、戦国時代の武将。甲斐武田氏家臣で譜代家老衆。甲斐東部郡内地方の国衆である小山田氏当主。幼名は鶴千代丸で、通称は弥三郎。父は出羽守信有。次代の小山田信茂(左兵衛信茂、幼名は藤若丸で通称は弥五郎か)と同一人物とされていたが、近年は別人で信茂の兄にあたることが指摘されている。妻は存在したと見られるが不詳。
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小杉雅之進

こすぎ まさのしん(1843-1909)
登場回数:1作

小杉 雅之進(こすぎ まさのしん、天保14年10月1日(1843年11月22日) - 明治42年(1909年)8月21日)は、江戸幕末~明治期の武士・幕臣・逓信官僚。正六位勲六等。諱は直道。号は竹筠。維新後、雅三と改名。
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小幡景憲

おばた かげのり(1572-1663)
登場回数:1作

小幡 景憲(おばた かげのり、1572年(元亀3年)- 1663年4月3日(寛文3年2月25日))は、安土桃山時代から江戸時代初期にかけての武将・軍学者。小幡昌盛の三男。幼名は熊千代、別名を孫七郎、勘兵衛。法名は道牛。養子に小幡景松(かげとし)、養女に庄田安勝(旗本3000石)の室(庄田安利母)がいる。
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小林平八郎

こばやし へいはちろう(?-1703)
登場回数:4作

小林 平八郎(こばやし へいはちろう、? - 元禄15年12月15日(1703年1月31日))は、江戸時代前期の武士。高家吉良家家老。「平八郎」は通称であり、諱(実名)は央通(こばやし ひさみち)である。
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松浦松洞

まつうら しょうどう(1837-1862)
登場回数:2作

松浦 松洞(まつうら しょうどう)は、江戸時代末期(幕末)の画家、長州藩の志士。諱は温古、通称は亀太郎。
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