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原田源四郎

はらだ げんしろう(?-?)
登場回数:2作

陸奥一関藩士
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アテルイ

あてるい(?-802)
登場回数:1作
別名:阿弖流為

大墓公 阿弖流為 / 大墓公 阿弖利為(たものきみ あてるい、たものきみ あてりい、延暦21年8月13日〈ユリウス暦802年9月13日、先発グレゴリオ暦802年9月17日〉)は、日本の奈良時代末期から平安時代初期の古代東北の人物。続日本紀では「阿弖流爲」、日本紀略では「大墓公阿弖利爲」。 8世紀末から9世紀初頭に陸奥国胆沢(現在の岩手県奥州市)で活動した蝦夷(えみし)の族長とされる。史実にはじめて名前がみえるのは、古代日本の律令国家(朝廷)による延暦八年の征夷のうち巣伏の戦いにおいて、紀古佐美率いる官軍(朝廷軍)の記録中である。その後延暦二十年の征夷が終結した翌年胆沢城造営中の坂上田村麻呂の下に盤具公母禮とともに降伏し、田村麻呂へ並び従い平安京へ向かい、公卿会議で田村麻呂が陸奥へと返すよう申し出たことに対して公卿達が反対したため河内国杜山(椙山、植山とも)で母禮とともに処刑された。 なお、本来の名前は前述の通りだが、本項では「アテルイ」として解説する。また必要に応じて「大墓公阿弖流為(大墓公阿弖流爲)」「大墓公阿弖利為(大墓公阿弖利爲)」「阿弖流為(阿弖流爲)」「阿弖利為(阿弖利爲)」「大墓公」と表記する。
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ウッドソープ・クラーク

うっどそーぷ・くらーく(1834-1867)
登場回数:2作

ウッドソープ・チャールズ・クラークは、横浜のイギリス人会社員。生麦事件に遭遇したイギリス人の一人。
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クビライ

くびらい(1215-1294)
登場回数:1作

クビライは、モンゴル帝国の第5代皇帝であり、元朝の初代皇帝(カアン)。死後は諡を聖徳神功文武皇帝、廟号を世祖と称し、モンゴル語での尊号は「賢きカアン」を意味するセチェン・カアン。 その即位にあたる内紛からモンゴル帝国は皇帝であるカアンを頂点とする緩やかな連合体となり解体が進んだ。帝国の南北分裂の原因となった弟のアリクブケとの権力闘争に勝利したクビライは、帝国の中心をモンゴル高原のカラコルムから中国の大都(現在の北京)に移動させるなど様々な改革を打ち出した。クビライの代以降、カアンの直接支配領域はモンゴル帝国のうち中国を中心に東アジアを支配する元朝(大元国)に変貌した。
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ダグラス・マッカーサー

だぐらす・まっかーさー(1880-1964)
登場回数:2作

ダグラス・マッカーサー(英語: Douglas MacArthur、1880年1月26日 - 1964年4月5日)は、アメリカ合衆国の軍人。アメリカ陸軍元帥、連合国軍最高司令官、国連軍司令官などを歴任した。
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ベニート・ムッソリーニ

べにーと・むっそりーに(1883-1945)
登場回数:1作

ベニート・アミルカレ・アンドレーア・ムッソリーニ(Benito Amilcare Andrea Mussolini、1883年7月29日 - 1945年4月28日)は、イタリアの政治家、教師、軍人。 イタリア社会党で活躍した後に新たな政治思想ファシズムを独自に構築し、国家ファシスト党による一党独裁制を確立した。
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リヒャルト・ゾルゲ

りひゃると・ぞるげ(1895-1944)
登場回数:1作

リヒャルト・ゾルゲは、ソビエト連邦のスパイ。1933年(昭和8年)から1941年(昭和16年)にかけてゾルゲ諜報団を組織して日本で諜報活動をおこない、ドイツと日本の対ソ参戦の可能性などの調査に従事していたが、ゾルゲ事件の首謀者として日本の警察機関によって逮捕され、刑事裁判で治安維持法および国防保安法違反により死刑判決を受け、処刑された。
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阿部正次

あべ まさつぐ(1569-1647)
登場回数:1作

阿部 正次(あべ まさつぐ)は、安土桃山時代から江戸時代前期にかけての武将・大名。武蔵国鳩ヶ谷藩、上総国大多喜藩、相模国小田原藩を経て、武蔵岩槻藩初代藩主。また、大坂城代を務めた。阿部家宗家初代。
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やす(?-?)
登場回数:1作

安(やす、生没年不詳)は、戦国時代の武将・山本貞幸の後妻。父は大橋入道。 文明5年(1473年)大林貞次の仲介で、前妻の光禅尼を亡くして三河国宝飯郡牛窪(愛知県豊川市牛久保町)に浪人していた山本貞幸に嫁いだという。三男二女を儲けたという。またその末子が武田信玄の軍師として著名な山本勘助である。 なお、山本光幸を山本勘助の父とする説もある。その場合、安の没年は天正3年(1575年)で、法名は貴功殊胤大姉という。
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安田義定

やすだ よしさだ(1134-1194)
登場回数:1作

安田 義定(やすだ よしさだ)は、平安時代末期から鎌倉時代初期の武将。甲斐源氏の祖とされる源義光の孫源清光の子(清光の父義清の子とする説もある)。
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