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片岡健吉

かたおか けんきち(1844-1903)
登場回数:1作

片岡 健吉(かたおか けんきち、天保14年12月26日(1844年2月14日) - 明治36年(1903年)10月31日)は、日本の武士(土佐藩士)、政治家、自由民権家。衆議院議長を務めた。正四位。
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宝蓮院

ほうれんいん(1721-1786)
登場回数:1作
別名:知姫/森姫/通姫

宝蓮院(ほうれんいん、享保6年(1721年) - 天明6年1月12日(1786年2月10日))は、田安徳川家初代当主・徳川宗武の正室で、近衛家久の娘である。名は初め知姫、その後森姫、通姫(通子)と改めた。院号は宝蓮院、あるいは法蓮院。 享保18年(1733年)に江戸城二の丸に入り、享保20年(1735年)に宗武と婚姻。その後、宗武との間に、誠姫(伊達重村婚約者だが婚姻前に死去)・裕姫(夭折)・小次郎(夭折)・銕之助(英菊)(夭折) ・仲姫(池田重寛正室)・徳川治察(田安徳川家2代)・節姫(毛利治親正室)の7人の子女を儲けた。 明和8年(1771年)、宗武の死後に落飾して宝蓮院(法蓮院)と号した。天明6年(1786年)1月12日に66歳で死去し、寛永寺凌雲院に葬られた。
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豊臣秀次

とよとみ ひでつぐ(1568-1595)
登場回数:13作
別名:万丸/三好信吉/羽柴信吉/羽柴秀次

豊臣 秀次(とよとみ ひでつぐ / とよとみ の ひでつぐ)または羽柴 秀次(はしば ひでつぐ)は、戦国時代から安土桃山時代にかけての武将・大名。豊臣氏の第2代関白。豊臣秀吉の姉である瑞竜院日秀の長男。 幼少時、戦国大名・浅井長政の家臣・宮部継潤が秀吉の調略に応じる際に人質となり、そのまま養子となって、初名は吉継、通称を次兵衛尉とし、宮部 吉継(みやべ よしつぐ)と名乗った。次いで畿内の有力勢力だった三好一族の三好康長(笑岩)の養嗣子となり、今度は名を信吉と改めて通称は孫七郎とし、三好 信吉(みよし のぶよし)と名乗って三好家の名跡を継いだ。 秀吉が天下人の道を歩み始めると、羽柴姓に復氏して、名を秀次と改名。豊臣姓も下賜された。鶴松が没して世継ぎがいなくなったことから、改めて秀吉の養嗣子とされ、文禄の役の開始前に関白の職を譲られ、家督を相続した。ところがその後になって秀吉に嫡子・秀頼が誕生して、理由は諸説あるものの、秀次は強制的に出家させられて高野山青巌寺に蟄居となった後に切腹となった。秀次の首は三条河原で晒し首とされ、その際に眷族もことごとく処刑された。
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望月新六

もちづき しんろく(?-?)
登場回数:1作

望月 新六(もちづき しんろく、生没年不詳)は、戦国時代の武将、信濃国の豪族・望月氏の家臣。望月信雅の弟。 滋野氏の名門・望月氏の庶流で、兄とともに宗家の望月昌頼に仕える。天文12年(1543年)長窪城主・大井貞隆とともに武田信玄の侵攻に抗戦するが、敗れて長窪城が陥落。さらに同年、望月城が陥落したため、兄とともに布引城へ逃れる。以降も武田氏への抵抗を続けるが、天文17年(1548年)に兄・信雅は武田氏に降伏している。7月26日には信雅の被官が布引城の物見として派遣されたところを、殺害している。しかし結局翌年5月27日に駒井高白斎の説得により布引城を出て降伏し、29日に武田氏の元に出仕した。
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北条氏綱

ほうじょう うじつな(1487-1541)
登場回数:1作

北条 氏綱(ほうじょう うじつな)は、戦国時代の武将、戦国大名。後北条氏第2代当主。 伊豆国・相模国を平定した伊勢宗瑞 (伊勢盛時、北条早雲) の後を継いで領国を武蔵半国、下総の一部そして駿河半国にまで拡大させた。また、「勝って兜の緒を締めよ」の遺言でも知られる。 当初は伊勢氏を称しており、北条氏を称するようになるのは父・宗瑞の死後の大永3年(1523年)か大永4年(1524年)からである。宗瑞は北条氏を称することは生涯なかったが、後北条氏としては氏綱を2代目と数える。なお、氏綱以降の当主が代々通字として用いることとなる「氏」の字は、宗瑞の別名として伝わる「長氏」・「氏茂」・「氏盛」の偏諱に由来するものと考えられるが、氏綱の元服時に宗瑞がまだ今川氏の姻族・重臣であったことから従兄である今川氏当主・今川氏親からの偏諱として与えられたとのではないかとする説がある。
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北条宗政

ほうじょう むねまさ(1253-1281)
登場回数:1作

北条 宗政(ほうじょう むねまさ)は、鎌倉時代中期の北条氏(得宗家)の一門。
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北条夫人

ほうじょうふじん(1564-1582)
登場回数:1作

北条夫人(ほうじょうふじん、永禄7年(1564年) - 天正10年3月11日(1582年4月3日))は、戦国時代から安土桃山時代にかけての女性。北条氏康の6女とされる。母は松田憲秀の娘松田殿。甲斐国主武田勝頼の継室。名は不明。
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牧野忠恭

まきの ただゆき(1824-1878)
登場回数:2作

牧野 忠恭(まきの ただゆき)は、江戸時代後期の大名。越後国長岡藩11代藩主。長岡藩系牧野家宗家12代。
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堀田隼人

ほった はやと(?-?)
登場回数:1作

堀田 隼人(ほった はやと)は、大佛次郎の小説『赤穂浪士』の主人公である。同小説を原作にした1933年(昭和8年)製作・公開、伊藤大輔脚本・監督による日本の劇映画『堀田隼人』(ほったはやと)についても、本項で詳述する。
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本城常光

ほんじょう つねみつ(1513-1562)
登場回数:1作

本城 常光(ほんじょう つねみつ)は、戦国時代の武将。石見国山吹城主。
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